12月 26th, 2011 11:30 AM

何をもって幸福と呼ぶかは人それぞれです。
小さな、家族という共同体の構成員にとっても
個々の幸福の尺度はことなるわけですから、ましてや国家ともなると
膨大な数の幸福観が存在する事になります。一つの幸福観があるために
別の幸福観が犠牲になる事もあるかも知れない状態を
できり限り回避するのが国家の役割と言えるでしょう。
幸福観をすり合わせる事でいわば落とし所を探ってゆく。
そういった役割も国にはあるわけです。

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